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津地方裁判所 昭和60年(ワ)181号 判決

原告

永井克宜

ほか二名

被告

亡森田義廣承継人森田博子

ほか三名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告永井克宜に対し、被告森田博子は金四七九万六八一二円、同森田砂織、同森田七尾、同森田健作はそれぞれ金一五九万八九三七円及びこれらに対する昭和五九年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告中嶋茂康に対し、被告森田博子は金五一三万三五五四円、同森田砂織、同森田七尾、同森田健作はそれぞれ金一七一万一一八四円及びこれらに対する昭和五九年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告福谷正詔に対し、被告森田博子は金五六四万八七五九円、同森田砂織、同森田七尾、同森田健作はそれぞれ金一八八万二九一九円及びこれらに対する昭和五九年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  1ないし3項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年一二月一五日午後九時五〇分ころ、森田義廣が普通乗用自動車(以下、「加害車両」という。)を運転して三重県四日市市海山道一丁目一四三六番地先道路を進行中、前方路上を進行中の原告永井克宜が運転し、原告中嶋茂康及び同福谷正詔が同乗している普通乗用自動車(以下、「被害車両」という。)に追突した(以下、「本件事故」という。)。

2  責任原因

森田義廣は、加害車両を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条本文の責任を負う。

3  原告らの傷害及び後遺障害

本件事故により、原告永井及び同中嶋は頸椎捻挫の、同福谷は頸部捻挫、腰部打撲症の各傷害を受け、それぞれ別表のとおり病院で加療を受けたが、原告ら三名には自動車損害賠償保障法施行令第二条別表後遺障害別等級表(以下、「等級表」という。)第一二級に該当する後遺障害を残して症状が固定した。

4  損害

(一) 原告永井について

(1) 治療関係費 金一四六万六七〇〇円

原告永井は、別表記載のイタニ外科病院における治療費及び書類作成費として合計金一四六万六七〇〇円を支出した。

(2) 休業損害 金二〇四万八一七三円

原告永井は本件事故当時三〇歳であり、昭和五九年度における男子三〇歳から三四歳までの労働者の平均年間所得は、賃金センサス昭和五八年度第一巻第一表による金三八〇万七四〇〇円に五パーセントの物価上昇率を見込んだ金三九九万七七七〇円とみるのが相当である。したがつて、原告永井の入通院期間の合計は一八七日であるから、この間の同原告の休業損害は金二〇四万八一七三円である。

3,997,770×187÷365≒2,048,173

(3) 後遺症による逸失利益 金二二三万八七五一円

原告永井は、前記後遺障害のため、その労働能力を四年間にわたつて一四パーセントを喪失したものであり、その逸失利益は金二二三万八七五一円である。

3,997,770×0.14×4≒2,238,751

(4) 慰謝料 金三〇四万円

原告永井が本件事故による受傷及び後遺症のため被つた精神上の苦痛に対する慰謝料は、入通院につき金九五万円、後遺症につき金二〇九万円の合計金三〇四万円が相当である。

(5) 弁護士費用 金八〇万円

右合計金九五九万三六二四円

(二) 原告中嶋について

(1) 治療関係費 金一三六万六四二〇円

原告中嶋は、別表記載のイタニ外科における治療費及び書類作成費として合計金一三六万六四二〇円を支出した。

(2) 休業損害 金二三七万〇〇七八円

原告中嶋は本件事故当時三九歳であり、昭和五九年度の男子三五歳から三九歳までの労働者の平均年間所得は賃金センサス昭和五八年度第一巻第一表による金四四〇万五八〇〇円に五パーセントの物価上昇率を見込んだ金四六二万六〇九〇円とみるのが相当である。したがつて、原告中嶋の入通院期間の合計は一八七日であるから、この間の同原告の休業損害は金二三七万〇〇七八円である。

4,626,090×187÷365≒2,370,078

(3) 後遺症による逸失利益 金二五九万〇六一〇円

原告中嶋は、前記後遺障害のため、その労働能力を四年間にわたつて一四パーセントを喪失したものであり、その逸失利益は金二五九万〇六一〇円である。

4,626,090×0.14×4≒2,590,610

(4) 慰謝料 金三〇四万円

原告中嶋が本件事故により被つた精神上の苦痛に対する慰謝料は、入通院につき金九五万円、後遺症につき金二〇九万円の合計金三〇四万円が相当である。

(5) 弁護士費用 金九〇万円

右合計金一〇二六万七一〇八円

(三) 原告福谷について

(1) 治療関係費 金一五六万五七〇〇円

原告福谷は、別表記載の林外科病院における治療費及び書類作成費として合計金一五六万五七〇〇円を支出した。

(2) 休業損害 金二七九万七二五〇円

原告福谷は本件事故当時四一歳であり、昭和五九年度の男子四〇歳から四四歳までの労働者の平均年間所得は、賃金センサス昭和五八年度第一巻第一表による金四八三万七七〇〇円に五パーセントの物価上昇率を見込んだ金五〇七万九五八五円とみるのが相当である。したがつて、原告福谷の入通院期間の合計は二〇一日であるから、この間の同原告の休業損害は金二七九万七二五〇円である。

5,079,585×201÷365≒2,797,250

(3) 後遺症による逸失利益 金二八四万四五六七円

原告福谷は、前記後遺障害のため、その労働能力を四年間にわたつて一四パーセントを喪失したものであり、その逸失利益は金二八四万四五六七円である。

5,079,585×0.14×4≒2,844,567

(4) 慰謝料 金三〇九万円

原告福谷が本件事故により被つた精神上の苦痛に対する慰謝料は、入通院につき金一〇〇万円、後遺症につき金二〇九万円の合計金三〇九万円が相当である。

(5) 弁護士費用 金一〇〇万円

右合計金一一二九万七五一七円

5  相続

森田義廣は、本訴係属中の昭和六一年一一月六日死亡し、相続により、妻である被告博子は二分の一、子である被告砂織、同七尾、同健作らは各六分の一の各割合で右義廣の権利義務を承継した。

6  結び

よつて、原告らは被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり、各相続分に応じた損害賠償金及び不法行為の日である昭和五九年一二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項の事実のうち、原告らがそれぞれその主張する病院で主張のような治療を受けたことは知らない、その余の事実は否認する。

本件事故は、原告らに頸椎捻挫、頸部捻挫及び腰部打撲症の傷害を生じさせるような衝突ではない。原告らに対する医師の診断は、他覚的所見がないのに原告らの愁訴のみに基づき漫然と入院加療を続けた結果によるものであり、いわば医原病ともいうべきもので、本件事故と因果関係がない。

仮に、本件事故により原告らに頸椎捻挫等のむち打ち症が発生したとしても、軽度のものであつて入院の必要性はない。

4  同4項の事実は知らない。

5  同5項の事実は認める。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  事故の発生及び責任原因

請求原因1及び2については、当事者間に争いがない。

二  被告の受傷

そこで、原告らが本件事故により、その主張するような傷害を受けたとの点について検討する。

1  本件事故の内容

(一)  成立に争いのない甲第三号証、第五ないし第八号証、第一一号証及び第一三号証並びに原告永井克宜本人尋問の結果を総合すると、森田義廣は、本件事故当時、加害車両を運転して国道二三号線を桑名市方面から鈴鹿市方面に時速約六〇キロメートルで南進中、前方約一四・三メートルの地点に時速約三〇キロメートルで進行中の被害車両を認め、同車に追突するのを回避すべく右転把するとともに急制動の措置を講じたが及ばず、加害車両の左前部バンパーを被害車両右後部バンパーに追突させたこと、衝突後、加害車両は約五・三メートル、被害車両は約一八・九メートル前方に移動してそれぞれ停止したこと、この衝突により加害車両は前部バンパーの左外側部がくの字に曲がり、左フロントフエンダーが座屈し、左前照灯が割損したが、被害車両は右後部バンパーが若干凹損し、右後部方向指示器が割損した程度に過ぎなかつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右の事実をもとに、本件事故により被害車両に生じた衝撃の程度、身体に与える影響をみるに、成立に争いのない甲第一四号証、同第三七号証及び証人林洋の証言によれば、〈1〉衝撃力と加害車両の身体の損傷状態を、実車を用いた対剛体壁正面衝突実験の結果を斟酌して工学的に考察すると、力が左ステイ外側に集中的に作用している点から加害車両の有効衝突速度(衝突後、両車両が同一速度になるまでの速度変化)は時速約一〇キロメートルと推定され、反発係数を〇として衝撃加速度を算定すると、約一gと推定されること、〈2〉衝撃に対する人間の許容量は、米国における実験結果などによると、頸部に与える負荷トルクは約三五フイート・ポンドであるから、本件事故においては、衝撃加速度は一gであり、負荷トルクは三・五フイート・ポンドに過ぎず、限界値の一〇パーセントと推定され、そうすると、本件事故により原告らがむち打ちを生ずる程の衝撃を受けたとは考えにくいことになる。

2  原告らの治療経過等

(一)  原告永井

原告の存在とその成立に争いのない甲第一八、第一九号証成立に争いのない乙第一号証の一ないし三、第四号証、証人猪谷旭の証言及び原告永井克宜本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告永井は、本件事故の翌日、長谷川外科において診察を受け、本件事故によつて受傷し首の前後屈の運動制限、右肩部の鈍痛感がある旨訴えたが、神経学的検査及びレントゲン検査の結果、腱反射の亢進以外には何ら異常は認められなかつたけれども、翌一七日入院し、昭和六〇年一月五日まで入院治療を受けていたこと、原告永井は、同外科医師の急病のため、右同日イタニ外科に転医し診断を受けたのであるが、同外科医師も同原告の頭痛・頸部痛、首・後頭部に圧痛点がある旨の訴えを聞き、四、五分の診察をしただけで一般的神経学的検査やその他の臨床検査もせず、右症状は、自車が加害車両によつて追突されるという本件事故によつて受傷したことによるものとの同原告からの報告により、本件事故に起因する頸椎捻挫、すなわちむち打ち症と診断し、即日入院を許可し、同年四月一七日に症状が軽快し、通院治療に切りかえるまで入院治療を続けたこと、原告永井の頭痛・頸部痛などの愁訴が退院後も続いたため、同年五月一七日、同外科においてレントゲン検査を実施したが、やはり特に異常は認められず、同年六月一九日には通院治療を打ち切つたけれども、その際も原告永井は頑固な頭痛・頸部痛、肩部痛、大後頭部に圧痛点等を訴えていたこと、原告永井に対する治療方法も消炎・鎮痛剤の投与が主なものであつて、筋肉痛への治療が主であつたこと、イタニ外科では入院患者に対して毎日午前と午後に各一回検温を行つているのであるが、原告永井が入院期間中に午前・午後ともに検温を受けたのはわずか一一日にすぎず、頻繁に外出していたことが窺えること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  原告中嶋

原本の存在とその成立に争いのない甲第二〇、第二一号証、成立に争いのない乙第二号証の一ないし三、第五号証、証人猪谷旭の証言及び原告中嶋茂康本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告中嶋は、昭和五九年一二月一六日長谷川外科において診察を受け、神経学的検査及びレントゲン検査を受けたが特に異常は認められなかつたものの、翌一七日同外科に入院し、昭和六〇年一月五日まで入院治療を受け、同外科医師の急病のため右同日イタニ外科に転医したこと、原告中嶋はイタニ外科でも頭痛・頸部痛、頸部・肩部の圧痛点、頸部の屈曲・伸展障害を、また、右手のしびれを訴え、自ら希望して右同日から入院による治療を受け、同年四月一七日に退院してからも通院による治療を受けていたこと、同外科医師は、原告中嶋の頸部痛を訴えるなど愁訴が退院後も続いたため、レントゲン検査を実施し、第五・第六頸椎の椎間板がやや狭くなつている「感じ」を認めたのであるが、これが外傷によるものか経年性のものか断定しえず、同年六月一九日に通院治療もうち切つたが、その際の主訴としては頸部痛・肩部痛、右手のしびれ等があつたこと、原告中嶋に対する治療方法も消炎・鎮痛剤の投与が主なものであつて、筋肉痛への治療が主であつたこと、原告中嶋が入院期間中に午前・午後ともに検温を受けたのは、原則として毎日二回検温を受けることになつていたにもかかわらず、わずか一七日にすぎず、頻繁に外出していたことが窺えること、イタニ外科医師は原告中嶋の病名を頸椎捻挫、いわゆるむち打ち症と診断したが、これも原告永井と同様に原告中嶋からの本件事故状況、すなわち本件事故が同原告の同乗する被害車両後部に加害車両前部が追突した事故であるとの報告を受けての診断で、頸椎捻挫を診断する顕著な他覚的所見からの診断でないこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  原告福谷

原告の存在とその成立に争いのない甲第二二ないし第二四号証、成立に争いのない甲第二五号証の一ないし九、第二七号証の一一、一二、一三ないし一六、第二八号証の一ないし四、乙第三号証の一ないし三、証人林剛寛の証言及び原告福谷正詔本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告福谷は、頭痛、頸部痛、腰部痛等を訴えて、昭和五九年一二月一六日林外科において診察を受けたが、レントゲン検査では特に異常が認められなかつたものの、同月一九日希望して入院し、翌六〇年四月二二日まで入院による治療が続き、その後同年七月三日まで通院したこと、同日における主訴としては、頑固な頭痛、頭重感、頸部運動痛及び腰痛があつたこと、原告福谷に対する治療方法は、消炎・鎮痛剤の投与の他、入院当初からアリサルミン(十二指腸潰瘍の治療薬)及びビタミン剤の投与がなされていたこと、原告福谷が入院期間中に一日三食の食事を摂つたのは、わずか一五日にすぎず、頻繁に外出、外泊していたこと、林外科病院医師が原告福谷の病名を頸部捻挫、腰部打撲症とした決定的理由は、原告福谷からの本件事故状況、すなわち本件事故は原告福谷が同乗する被害車両後部に加害車両前部が追突した事故であるとの報告にあつたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  当裁判所の判断

以上認定の各事実を総合して考えると、〈1〉本件事故は、森田義廣が加害車両を時速六〇キロメートルの速度で運転して進行中、前方約一四・三メートルの地点を時速約三〇キロメートルの速度で進行中の被害車両を認めて急制動の措置を講じたが及ばず、走行中の同車の後部に追突した事故であることから、追突時の加害車両の速度は相当程度減速されていたと推認され、また、車両の損傷も加害車両には比較的大きな凹損が衝突箇所に残されてはいるものの、被害車両には軽微な凹損が残されていたにすぎない程度の事故であつて、加害車両の追突によつて被害車両の車体に生じた衝撃は比較的軽微であつたと認められること、〈2〉自動車工学の見地から本件事故をみるに、車両の損傷の程度から加害車両の追突時の有効衝突速度が時速約一〇キロメートルと推定され、本件衝突により被害車両に加わる衝撃加速度は約一g程度のものであつて、実験結果による人間の衝撃に対する許容量を考慮すると、乗員の姿勢にかかわりなく、むち打ち損傷が発生しにくい事故であつたこと、〈3〉原告らの治療経過をみると、原告らを診断した医師らは、原告らより迫突事故に遭遇したとの報告をもとに原告らの主訴を判断し、原告らの症状を右事故に起因する頸椎捻挫、頸部捻挫、腰部打撲症と診断し、他覚所見のみられない原告らに対し、主として自覚症状にもとづく筋肉痛等の治療を行なつていたこと、〈4〉原告らの入院態度をみると、原告らが入院期間を通じて、終日病院内に在院していた日数は、ごくわずかにすぎず、原告らは、入院期間中頻繁に外泊・外出をしていたことが窺えることなど、本件事故の内容及び程度、治療経緯、原告らの入院態度等に徴すれば、本件事故による原告らの受傷はなかつたものといわざるを得ず、原告らの病院における治療も、本件事故による傷害であるとの問診の際の原告らの報告に基づき、原告らの主訴を信じ、原告らの症状を誤診したことによりなされた治療であつたものとはいうほかない。

四  結論

以上の次第によると、原告らの本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく失当であつて棄却を免れ得ない。

よつて、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋英夫)

別紙 〈省略〉

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